漂着種子
戯曲:北村耕治
演出:北澤秀人 三谷麻里子
場所:小劇場 楽園
▼漂着種子~1984~ 演出:三谷麻里子
小林真梨恵
佐藤達(劇団桃唄309)
高木充子
つかにしゆうた(ppoi)
天明留理子(青年団)
成瀬正太郎
▼漂着種子~2013~ 演出:北澤秀人
川崎桜
サキヒナタ
佐瀬弘幸(SASENCOMMUN)
澤 唯(サマカト)
森南波
山ノ井史(studio salt)
舞台監督:橋本慶之
照明:南出良治
音響:齋藤瑠美子
衣裳:速水由樹(mint tulle)
小道具:木家下一裕
演出助手:元田暁子(DULL-COLORED POP)
宣伝美術:土谷朋子(citron works)
方言指導:茂手木清
制作:北村耕治
企画製作:猫の会
協力:にしすがも創造舎 ヒューマンスカイ (株)ヘリンボーン (有)レトル
東京から、南へ300km―
といっても、そこも立派な東京都なのですが。
はじめてその地を訪れたのは、2010年の夏でした。明日葉が練りこまれた緑色のうどんをたぐって、丸揚げされたトビウオを頭からかじりました。古民家にあった太鼓を恐る恐るたたいて、八丈富士の中腹から荒れる海原を見降ろしました。流人の島として恐れられた絶海の孤島のイメージははるか遠く、その独特な風土と文化に心地よく酔いました。
漂着種子はそんな八丈島と、その隣にひっそりと佇む八丈小島に材をとった連作です。ある建物の一室を舞台に、ある母娘の物語をそれぞれの視点から描きます。
1984は、今よりほんの30年の昔。当時は島と羽田の間を一日6便の飛行機が飛び交い、年間17万人の観光客が訪れました。三宅島が噴火して、テレビでは「ふぞろいの林檎たち」や「スチュワーデス物語」が流行っていた頃。近くて遠い故郷と遠くて近い東京の狭間で、母は何を思ったでしょうか。
2013は言うまでもなく、いま私たちがいるこの現代。観光地としてのブームはとうに去り、飛行機は一日3便に、観光客は年間10万人にまで減りました。現在、八丈方言はユネスコから消滅危機言語として指定されています。がちゃがちゃとした都会の暮らしに倦み疲れた娘は、この地に何を見出すでしょう。
ひとつ、小劇場楽園の扉をどこでもドアだと思ってみてはいかがでしょう。どんな旅行代理店よりもお求めやすく、八丈島のパックツアーをご提供します。
時は30年、距離にして300kmの旅。
楽園でひそやかに紡がれる物語をご覧にいれましょう。
ぼくにとっては第二の故郷と言っていいほど愛してやまない、八丈島を舞台にした2本立てです。最初に思いついたのはタイトルで、島を題材に戯曲を書くのだ!という頑とした決意の他には何もありませんでした。八丈島が好きになるにつれて気持ちだけどんどん高まって、島の知人たちにもさんざん吹聴して、でも何にも決めてないやどうしようとか思っていた矢先に下北沢演劇祭のお誘いを頂いて実現した企画です。
この公演でもっとも印象深かったのは舞台美術です。舞台写真を見て頂ければ分かるかと思いますがぜんっぜん違います。このふたつのセットがひとつの劇場内で10日間、全16回にわたってめまぐるしく入れ替わったのです。尽力してくださったスタッフ陣に感謝。
時代も空気もドラマの質も大きく違うふたつの戯曲を、さらに嗜好もキャリアもまったく異質のふたりの演出家と俳優陣が取り組んだ漂着種子。両方観てくださったお客様からはどちらから先に観るのがいいとかあっちがああとかこっちがこうとかありがたいご意見とご感想をたくさん頂きました。多層的かつ多面的な物語を書くこと。それをまた様々な価値観に照らすこと。ここにひとつの幸せを感じます。
ところでこの物語の出発点である八丈小島は2013年現在、クロアホウドリという珍しい鳥が巣を作りはじめたそうです。彼らが定住するようになれば、小島は八丈町の重要な観光資源となる可能性があり、ゆくゆくはクロアホウドリ観覧のためのクルーズツアーが組まれるのも夢ではないとのこと。それは漂着種子の中に、あてのない希望として書き込んだことの実現にもつながるように思えて、なんともいえない気持ちになるのです。